立春までは本物の冬、野生動物には餌が無い。 数少ない花や木の実を見つけて食べるしかない厳しい自然界。 それでも好みの癖はこだわりがあるらしい。 万両の実は食べても千両の実はあまり食べない。価値が判るのだろうか。
2万年前の氷河期、更にその冬に先祖はどうしていたのだろうか。 石器しか残っていないが、その石器を使って色々な木、草、動物を採取して加工し食料から日用品、住居まで調達していたに違いない。 ネアンデルタール人はイベリア半島に滅び、毛の長いマンモスも滅び、毛の無いクロマニヨン人は氷河期を乗り越えて来た。 氷河が溶けてその知恵は一気に開花して文明が開化し進化発展を遂げて来た。 同様の数万年、数十万年に一度の激変は再びやってくるに違いない。生き残った幸運?な一握りの人達がその先を乗り越えるには技術力ばかりではなく広範な知恵を伴ったサバイバル力が求められる。パソコンや携帯では全く通用しない。古代の文字が読めなくなっているのが、その繰り返しが起きている証拠。ITメディアに頼らず文化の継承を真剣に考えましょう。
*写真は無関係で、冬薔薇です。本来は春から初夏に咲いていますが今年は返り咲き?が幾つか。
No.514
Re: 風親父 2012/01/10(Tue) 08:49
床恋し ガスに起こされ 鳴き別れ 噺家の 気に巻き込まれ プッと吹く |
松が取れて連休も終わり、さあ仕事。 でも温い布団から中々出られません。 その時に内部から後押ししてくれるガスいや笑いの神様。 笑いが一番健康の元、元気が出る素。これが元素。 ケーシー高峰みたいになって来た。
No.515
Re: 風親父 2012/01/15(Sun) 15:43
門松を 神社に納めて どんどはれ ライターの ガスも縮んで 火が着かぬ |
現代は環境問題とかでどんど焼きをしなくなった。焼却場へ運んで一般ゴミと一緒に燃やしているんだとか。そのため、プラスチック類は一緒にしないで持ち帰るようにと掲示がなされている。家庭での焚き火も禁止されている。広い庭で落ち葉を焼いている家も偶に見かけますが、誰が通報するのか消防車がお出ましになる。 一部の地方では大きな伝統行事であるとして特別に消防署の許可を取って続けているようですけれども。果たしてどちらが良いのか判らない。 門松や注連縄を飾る家庭が減っている印象を持っていましたが、神社には山のように積まれていて、必ずしも風習は廃れてはいないという感慨を持ちました。氏神様の境内の松に札が下がっていて、「欲張らず 今年も同じ 熊手買い」と句が書いてあった。 どんどに火は点けなくても景気に火をつけなきゃ。
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